2009年02月05日
ウガンダ・ワークショップ報告
去る1月20日にウガンダで宮島達男さんによるアート・ワークショップが開かれました。
カンパラから車で30分ほどのナンサナ・タウンでは国際NGO ASHINAGA ウガンダがエイズ孤児たちを対象とした活動を行っています。そのASHINAGA ウガンダの場所と協力を得、今回のワークショップを開くことができました。ウガンダから写真と報告を受けましたので、ここに記したいと思います。![]()
20日は時に雨を伴うあいにくの空模様でした。その中でASHINAGAウガンダの活動に参加しているエイズ孤児の子どもたち15人と、ウガンダ南西部に位置するラカイ県のエイズ孤児の子どもたち15人がナンサナに集まり、宮島達男さんとのワークショップが行われました。子どもたちはまず、2人1組のグループに分かれました。そこでラカイ県の子とナンサナの子が同じグループになるようにアレンジされます。
前日からワークショップの準備はされていただのですが、子どもたちがグループ分けをしている間に、宮島さんたちはワークショップの最終準備を進めます。今回のワークショップは薄いシートの上にシルエットを描き取るもので、現地の状況に合わせ、なるべく道具がいらないようにデザインされているのですが、シートと絵の具に関しては宮島さんが日本から運んできたものです。
さあ、ワークショップが始まります。このワークショップは今プログラムの共催者である東北芸術工科大学と京都造形芸術大学の学生によって作られたものです。宮島さんは統括という形で参加していますが、ワークショップ配達人の役割も負っています。そのため、学生たちが決めたことはなるべく忠実に行う必要がありました。
「たまごから何かが生まれまーす。うぅーん、うぃんー。ポン!」「さぁ、生まれました。そのままシートの上に横になってください」子どもたちに好きな形でシルエットを取ってもらうため、たまごから生まれる何かになりきってもらい、そのまま2人グループの相方にシルエットを取ってもらうワークショップです。日ごろLEDを使用したクールな作品を発表している宮島さんですが、子どもたちにワークショップを説明する姿は、日ごろの作品からは想像もつかないほど、温かくしかも柔らかなものでした。![]()
最初は何が始まるのか怪訝そうな表情の子どもたちも、一度ワークショップが始まってしまえば、芸術の難しい説明など関係ありません。横になった友達を、じかに手につけた絵の具でなぞっていく、その絵の具の感覚や、横になる子はなる子で、なぞられる気配を感じながらジーとしてる、なんとも落ち着かない顔。それらの経験は恐らく日常の生活ではなかなか味わうことのできものではないでしょう。会場は次第に活気づいてきました。![]()
そして次はそれぞれが取ったシルエットの中に、自分の夢や希望を文字でもイメージでも、何でもよいから書き示す番です。そこではどんなものを描いてよいということもあり、子どもたちは筆と絵の具を手に取り、好きな絵を描き入れていきました。ある子はボールとサッカーをしている人、またある子はカラフルな花、またある子は家。子どもたちはどのような想いを持ってこれらを描いていったのでしょうか。![]()
みんなが描き終えるとお披露目の時です。このシートを吊るして見たときにどのように見えるのか。その時分には運良く雨がやみ、屋外で作品を吊るすことができました。彼らが作ったシートが広げられたとき、子どもたちの顔が晴れ上がりました。「うゎー」という心の声が聞こえてくるようでした。10メートルほどの長さのシートにおおよそ15人のシルエットが描かれる。その大きな作品にはスケールの美学があり、そしてそれぞれの子どもたちの想いが一人ひとりのシルエットに描かれる個の美学も同時にそなえもつ、芸術作品としても立派なものができあがりました。
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いったい、子どもたちはこのワークショップを今どのように思い、どのように楽しんだのか、彼らに聞いてみても彼ら自身その答えを持っていないかもしれません。しかし、そんな彼らの10年後、20年後が楽しみです。どのように今日の日のことが花咲くのでしょうか。
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ワークショップの2日後にはコミュニティのための展覧会も開かれました。1日だけの小さな展覧会です。そこへは子どもも含め100人余の人々が足を運んでくれました。またワークショップのために準備をしてくれた方々、当日手伝ってくれた方々、そう数えていくとかなり多くの人々がこのワークショップに関わっています。ワークショップを受けた子どもたちの未来だけではなく、今回の動きの中で、その波動がどのように伝わっていくのかとても楽しみです。そのためにもウガンダでのワークショップから得られた経験をまた日本に持ち帰り、一緒に考える機会を作ろうと思っています。
ワークショップ終了後は昼食タイム。お皿に盛られる食べものに注がれる目は、ワークショップ時以上に真剣でした。ラカイから来た子どもたちの話を聞くと、米を食べることは滅多にないそうです。今回の大旅行も彼らにとってまれに見る機会だったそうです。またナンサナの子どもたちも、家でご飯を3食食べられない子もいました。これがイベントの良いところでしょうが、みんなで一つのことを行い、そして一緒にご飯を食べる。この共有された時間は子どもたちにとっても、大人たちにとっても、とても大切なものとなるのでしょう。人と会い、その人と同じ時間を過ごすというのは、コミュニケーションの原初的なものであると同時に最も深いものであるということを感じさせられました。
